中小企業の横領リスクを減らすには、人を疑うより仕組みを変える|不正のトライアングル

振込データを作る人と、振込を承認する人が同じ。取引先の登録も、会計ソフトへの入力も、銀行残高の確認も同じ担当者が行っている。

小さな会社では珍しくない体制です。人数が少ないため、仕事のできる人へ任せていくうちに、経理の全体が一人へ集まります。

では、横領を避けるには、その担当者を疑いながら仕事を任せるしかないのでしょうか。そうではありません。人を疑うより、不正をしにくく、間違いにも気づきやすい仕組みに変える方が現実的です。

目次

人の性格ではなく「不正が起きやすい条件」を減らす

不正が起きる背景を整理する考え方に「不正のトライアングル」があります。日本公認会計士協会の資料では、不正リスク要因を次の三つに分類しています。

  • 動機・プレッシャー:お金の困窮、過大な目標、失敗を隠したい事情など
  • 機会:実行しても発見されにくい権限・業務分担
  • 姿勢・正当化:「あとで返す」「自分だけ損をしている」と考える余地

これは「横領しそうな人」を見つける性格診断ではありません。会社側が変えられる条件を探すための物差しです。

特に中小企業が手を付けやすいのは「機会」です。振込、記帳、照合を一人で完結できないようにする。IDの共用をやめる。証憑と承認記録を残す。こうした小さな変更が、経営者と従業員の双方を守ります。

1.「動機・プレッシャー」は、見えないからこそ環境を整えます

生活費、借金、家族の事情など、会社が把握できない事情が不正への動機になることがあります。売上目標や資金繰りへの過度な圧力から、数字を良く見せたいと考える場合もあります。

従業員の私生活を監視することは対策になりません。会社にできるのは、現実離れした目標を押し付けないこと、ミスや困り事を早めに相談できること、休暇を取ると仕事が止まる状態を放置しないことです。

ミスを報告すると強く責められる職場では、最初は小さな誤りでも、隠すための処理が重なります。不正対策というと厳しい規程を想像しがちですが、「失敗を早く言える」ことも大切な統制なんですよね。

2.「機会」は、経営者が最も変えやすい部分です

一人の担当者が次のすべてを行う状態を考えてみます。

  1. 取引先から請求書を受け取る
  2. インターネットバンキングへ振込先を登録する
  3. 振込を実行する
  4. 会計ソフトへ仕訳を入力する
  5. 銀行残高と帳簿を照合する

支払った人が自分で記帳し、自分で残高を確認できるため、不自然な取引を隠す機会が生まれます。担当者への信頼とは別の問題です。長く安心して任せるためにも、権限を集中させない方がよいのです。

人数の少ない会社で、すべての作業を別人へ分けるのは難しいでしょう。その場合でも、新規振込先の登録、一定額を超える振込、給与・役員関係の支払だけは代表者が承認するなど、重要な点へ確認を絞れます。

3.「姿勢・正当化」は、経営者の行動にも左右されます

不正は、最初から大きな金額を奪うところから始まるとは限りません。「一時的に借りるだけ」「給料が低いから少しくらいよい」「社長も会社のお金を自由に使っている」と考え、行為を正当化することがあります。

経費の基準が曖昧で、役員と従業員で扱いが違うと、正当化の余地が広がります。会社と個人のお金を分ける、立替精算の期限をそろえる、役員も証憑を提出する。ルールは従業員だけに求めず、経営者が先に守ることが重要です。

会社のお金を個人に使った場合の役員貸付金も、同じ延長線上にあります。経営者自身の資金移動が曖昧だと、会社全体で公私の境界が見えにくくなります。

小さな会社なら、まず五つの仕組みから始めます

1.振込の作成者と承認者を分ける

担当者が振込データを作り、代表者または別の責任者が請求書と照合して承認します。承認者は金額だけでなく、初めての振込先、口座名義の変更、同額の反復支払にも目を向けます。

2.銀行からの通知を代表者も受け取る

振込完了、振込先登録、メールアドレス変更などの通知を担当者だけへ送らないようにします。代表者が銀行へ直接ログインし、月に一度は明細と残高を見ることも有効です。

3.IDを共有せず、必要な権限だけを付ける

会計ソフト、銀行、経費精算、クラウドストレージは個人別IDにします。退職・異動の当日に権限を止め、誰がいつ変更したかをログで確認できる状態にします。

IPAの内部不正防止ガイドラインは情報資産を中心に扱っていますが、権限管理、ログの確認、退職時のアクセス停止という考え方は、会計システムにもそのまま応用できます。

4.証憑と承認記録を一緒に残す

請求書、注文内容、納品確認、振込承認を、同じ取引として追えるように保存します。チャットで承認する場合も、後から検索できる場所と保存期間を決めます。口頭承認だけでは、数か月後に理由を確認できません。

5.担当者が休んでも回るようにする

経理担当者が一日も休めない会社は、業務継続の面でも不正リスクの面でも弱い状態です。月に一度は別の人が作業し、振込先一覧、締め日、証憑の場所、連絡先を確認します。

長年の担当者へ全部任せていた会社の場合

従業員数名の会社で、経理担当者が請求書の受領、振込、記帳、給与データの作成を一人で行っていました。代表者は月末に試算表を見るだけで、銀行明細を直接確認していませんでした。

この会社で最初に行うのは、担当者を外すことではありません。振込は担当者が作成し、代表者が承認する。銀行通知を代表者にも送る。給与振込は人数・総額と給与台帳を照合する。月次終了後に代表者が預金残高と役員貸付金・仮払金を見る、という役割分担へ変えます。

担当者にとっても「自分だけが責任を負う」状態から離れられます。仕組みを作る目的は、監視を強めることではなく、誰か一人の判断や善意だけに会社を預けないことです。

月次で見ると、異変に気づきやすい項目

確認項目見る理由
預金残高と銀行明細帳簿だけでは見えない未記帳・不明出金を確認するため
新規・変更された振込先架空先や口座差替えのリスクを絞って確認するため
仮払金・立替金・役員貸付金内容不明の残高が長期間残っていないかを見るため
同額・端数のない反復支払契約や請求内容と一致する定期支払かを確認するため
証憑提出の遅れ・欠落単なる紛失か、説明しにくい取引かを早期に確かめるため

一つ見つかっただけで不正と決めつけてはいけません。入力漏れや立替精算の遅れなど、通常のミスもあります。異常を発見する仕組みと、事実を落ち着いて確認する手順はセットです。

税理士へ頼めば、横領を防げる?

税理士が定期的に帳簿を確認することで、預金残高の不一致、不自然な仮払金、証憑不足、長く動かない残高に気づくことはあります。振込承認や証憑保存の運用について助言することもできます。

ただし、通常の税務顧問は、すべての取引を検査し、不正がないことを保証する監査や不正調査ではありません。会社から開示されていない口座、偽造証憑、複数人の共謀、現金・在庫の持ち出しを、帳簿確認だけで必ず発見できるわけではありません。

具体的な疑義が既にある場合は、証拠を消さないようにし、弁護士、公認会計士、デジタル調査等の専門家を含めて対応範囲を決めます。通常の顧問業務と、事実調査は分けて考える必要があります。

相談前に用意したい資料

  • 銀行・カード・会計ソフトの利用者と権限の一覧
  • 請求書の受領から振込・記帳・照合までの担当表
  • 直近数か月の銀行明細、総勘定元帳、未精算残高の一覧
  • 振込先の登録・変更と承認のルール
  • 現金、在庫、印鑑、電子証明書の保管方法
  • 退職・異動時に停止するIDと引継ぎ手順

浅井匠也税理士事務所では、法人税申告だけでなく、月次会計の締め方、freee等の権限、証憑保存、役割分担の整理も支援します。詳しくは法人向け税務・会計サービスをご覧ください。料金は法人顧問料金ページを標準とし、契約期間、更新、中途解約等は見積書・契約書で個別にご案内します。

よくある質問

Q1.家族経営でも振込承認を分ける必要がありますか?

家族だから不要とは限りません。間違いの早期発見と業務継続のためにも、作成と確認を分ける意味があります。人数が少なければ、新規振込先や一定の重要取引だけ二重確認にします。

Q2.freeeの権限設定だけで横領を防げますか?

権限設定は一つの対策ですが、銀行側の承認、証憑、現物管理、定期的な残高確認も必要です。一つのシステムだけで不正リスクをなくすことはできません。

Q3.担当者を休ませることが、なぜ対策になるのですか?

別の人が業務を行うと、担当者しか分からなかった手順や未処理が見えます。長期休暇を義務化すれば必ず不正を発見できるという意味ではなく、属人化を減らす取組みです。

Q4.不自然な出金を見つけたら、すぐ本人へ確認してよいですか?

証拠の保存、アクセス権限、関係者、金額的重要性を先に整理すべき場合があります。感情的に追及せず、弁護士等を含む専門家へ相談して対応順を決めてください。

まとめ

横領リスクを減らす取組みは、誰を疑うかではなく、動機・プレッシャー、機会、正当化の余地をどう小さくするかから考えます。特に、振込と記帳を一人で完結させない、IDを共有しない、証憑と承認を残す。この三つは、小さな会社でも始めやすい対策です。

人を信用しながら、仕組みでも守る。結局、これが経理担当者へ安心して仕事を任せるための近道です。

公式参考資料

本記事は2026年8月31日時点の一般的な考え方です。不正の発生防止・発見を保証するものではなく、通常の税務顧問は法定監査や不正調査ではありません。具体的な疑義がある場合は、事実関係に応じて弁護士、公認会計士その他の専門家へご相談ください。

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この記事を書いた人

公認会計士・税理士・宅地建物取引士
浅井匠也税理士公認会計士事務所 代表
大手監査法人である有限責任監査法人トーマツ(デロイト トーマツ グループ)にて、上場企業の会計監査や連結決算・開示対応に従事。その後ジャパン・ビジネス・アシュアランスを経て、2019年に千葉市美浜区・海浜幕張にて独立、浅井匠也税理士公認会計士事務所を開業。

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